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大陸から伝わった仏教が初めて踏んだ日本の地。対馬の奥深い魅力を知ることができる寺社仏閣めぐり

人気都市・福岡を訪れる人も、福岡に暮らす人も意外と知らないのが「福岡市は離島も近い」こと。福岡を楽しむみなさんにお届けしたい、福岡市内から直行できる離島の魅力を、島に暮らす地元ライターが紹介します。

(取材・文 対馬ライター 佐々木達也)

寺社仏閣だらけ。神社やお寺で対馬の奥深い魅力を知る

対馬を訪れる皆さんに、ぜひとも訪れていただきたのが「寺社仏閣」。

対馬には島のいたるところに神社やお寺があり、対馬の歴史の深さはもちろん、自然と共に生きる人間の営みを知る入り口にもなります。

 

今回は、あまり知られていない対馬の寺社仏閣の見所を紹介します。

その数、九州の3割? 多くの神社が存在する対馬

まずは神社。対馬には、大小合わせて数百の神社があります。海の近くや山の中など、本当にいたるところにあるのです。

数字でいえば、平安時代にまとめられた「延喜式」に記された神社の名簿、いわゆる「延喜式神名帳」には、当時の朝廷から認められた有力な神社や式内社として西海道(現在の九州一帯)から107神社が記されていますが、対馬にはそのうちの29社が集中しています。お隣の壱岐にある24社と合わせると、およそ半分が対馬と壱岐にあることになるのです。

式内社の中で、多くの観光客が訪れるところといえば、前回のブログでもご紹介した和多都美(わたつみ)神社。そして、同じ豊玉姫を祀る峰(みね)町の海神(かいじん)神社です。

海神神社は、対馬国一宮(いちのみや)に位置付けられています。神社のある伊豆山は聖地とされているため、手付かずの原生林が残り、野鳥たちの住処になっています。

海神神社の近くには御前浜(おまえはま)と呼ばれる海岸が広がっていて、毎年6月の初午の日になると、子供の成長を願う「ヤクマ祭り」が行われています。

「ヤクマ祭り」では、天道信仰(太陽を神としてお祀りする)にゆかりのある行事で、海岸にある石を積み上げて塔(ヤクマ)を作ります。対馬海峡に向かって建つヤクマは、厳しい自然と共に生活してきた対馬の人たちの営みを感じさせます。

対馬には、この天道信仰に関する神社もあります。島の北部、韓国と最も近い位置にある上県(かみあがた)町佐護(さご)地区には、天神多久頭魂神社(あめのかみたくづだまじんじゃ)があります。ここには本殿や拝殿といった社殿がなく、神社のすぐ西側にそびえる天神山を拝むための神社が存在します。 

大陸から伝わった仏教が初めて踏んだ日本の地

続いてお寺。皆さんは日本で初めてお寺が建てられた場所が対馬だったと言われていることをご存知ですか?

東の対馬海峡と、西の浅茅湾に挟まれ、対馬の東西が最も狭くなっている美津島町小船越(こふなこし)地区は、1500年ほど前、大陸と日本をつなぐ海上交通の要衝でした。

大陸と日本本土を行き来する人たちは、この場所で船を乗り換えて、日本本土や、朝鮮半島を目指したのです。

そのルートで、百済からやってきたのが仏教でした。日本への公式な仏教伝来は、538年(または552年)、百済の聖明王から仏像や経典が送られたのが始まりとされています。

朝鮮半島から来た仏像や経典は、この小船越で風や波を待ちました。その際、大切な仏像を粗末にはできないと、小さなお堂を建てて安置したのが、日本最初のお寺が対馬にあったという所以なのです。

現在、その場所には梅林寺というお寺が建っていますが、このお寺も500年以上前からその名が登場する古いお寺で、9世紀に造られた仏像などがあります。

大陸から対馬を経由して日本本土へと渡った仏像は、長野県の善光寺に絶対秘仏として安置されているといわれています(秘仏のため誰も見たことがありませんが)。

歴史ある「西山寺」は宿坊としても人気

もう一つ、厳原港を見渡す場所にある西山寺は、現在でいう外務省のような仕事が行われていた場所です。

かつて、朝鮮や中国との外交は、漢詩文化を学んだ禅僧が担っており、対馬にも優秀な禅僧が朝鮮との外交に携わっていました。 

かつては以酊庵(いていあん)と呼ばれ、江戸時代には京都五山の禅僧が交代で以酊庵に着任し、外交に力を発揮していました。現在は、西山寺と名前を変えましたが、以酊庵の資料などはこの寺に残されているそうです。

西山寺は宿坊として営業しており、宿泊された方からは高い評価を受けています!

今回ご紹介した対馬の神社仏閣は、ほんの一部。ほかにもご紹介したいところはたくさんありますが、どこも不思議なパワーに溢れています。ぜひ一度、訪れてみてくださいね。