なめたら危険! 屋久島登山を安全に楽しむための3つの心得
2021.03.22 (MON)
2020年は、新型コロナウイルスの影響により、登山事情もずいぶん変わりました。
登山中のマスク着用や山小屋を利用しない日帰り登山の推奨など、感染症対策を取り入れた行動様式の変化はもちろんですが、屋久島では登山客層がよりいっそう多様化し、残念ながら遭難事故も多く発生しました。
再び春が訪れ、今年も登山シーズンを迎えました。遭難事故が少しでも減ることを願って、屋久島登山を安全に楽しむための3つの心得を、屋久島公認ガイドがお教えします。
(取材・文 屋久島ライター 菊池淑廣)
コロナ禍の屋久島登山
2020年7月に「Go Toトラベルキャンペーン」がはじまってから、屋久島にも少しずつ観光客が戻りはじめ、10月に東京都が同キャンペーンに追加されると、一気に屋久島の山も賑わいを見せるようになりました。
観光業がメインの屋久島としては、大きな恩恵を受ける格好となりましたが、その一方、登山ガイドの視点では、いつもと違う雰囲気を察知するとともに危機感を抱いていました。例年以上に「危なっかしい登山客」に遭遇することが多かったのです。
明らかにレインウェアなど持っていない、コンビニ袋だけの登山客。
下山すべき時間に登ってくる、どう見ても日帰り装備の登山客。
夜明け前の暗闇の中、ライトもなしに登山道を足先で探りながら歩いている登山客。
山の寒さを想像していなかったのか、震えながら歩いている薄着の登山客。
雪山登山になることなど想定外だったのか、スニーカーで恐る恐る歩いている登山客。
そもそも登山靴ではなく、サンダル履きの登山客……。
当然のように遭難事故も多発する結果となり、何とも複雑な思いが交錯するシーズンとなりました。
遭難救助現場の声
実際に遭難事故はどれほど多かったのか、どんな事故が目立ったのか、遭難救助の現場に携わった方々に話を聞いてみました。
「昨年はコロナで登山者数が全体的に少なかったにもかかわらず、事故件数は多かったです」
そうおっしゃるのは、屋久島観光協会ガイド部会長で、屋久島町消防団山岳捜索隊の一員でもある中馬慎一郎(ちゅうまん・しんいちろう)さん。
「2020年の山岳遭難事故件数は10件で、そのうち2件が死亡事故でした……」
ここでいう件数は、遭難者の「捜索」を伴った、すなわち初動捜査で警察が動いた遭難事故件数。ケガによる救助要請など、発生現場が最初から確認されている場合は救助隊が出動するのですが、この件数は含まれていません。
では、救助要請のあった事故件数はどのくらいあったのか、熊毛地区消防組合屋久島南分遣所にお邪魔して話を聞いてみました。
「2020年の山岳遭難事故による救助隊の出動件数は14件。そのうち10件が縄文杉ルートです」
そう言いながら、担当者が「救助出動記録簿」を見せてくれました。一般的には、よりリスクの高い宮之浦岳ルートなど、奥岳エリアでの遭難事故が多い傾向にあるのですが、極端に縄文杉ルートに偏っている点が気になります。過去のデータも調べてみると、2019年は総出動件数20件のうち9件、2018年は同11件中4件が、縄文杉ルートにおける事故でした。
絶対数だけ見ても昨年の遭難事故の多さが分かりますが、縄文杉登山者数《環境省・屋久島主要山岳部利用動向(カウンター)調査による人数》に対する事故件数の割合で比較すると、昨年の縄文杉ルートにおける遭難事故発生率は、2019年に比べて約1.6倍、2018年比では約5倍という多さです。
「また、要請を受けて救助に当ったものの、体力不足による疲労や下山遅れといった、負傷によるものではない事案が4件もありました。前年はこのような事案はなかったんですけどね。なかにはライトを持っておらず、暗くなってしまって救助要請という事案もありました……」とのこと。
2021年2月に開催された「屋久島観光協会ガイド部会・安全大会」では、救助隊の出動には至らずに「遭難騒ぎ」で済んだという事案も、特に白谷雲水峡では多かったという報告もありました。
「自分の体力や体調を自覚して、無理のない範囲で登山を楽しんで欲しいと思います。予定時間内に下山できないと思ったら、途中で引き返す判断もしていただきたいですね」
という担当者の言葉は、まさしく現場の正直な声でしょう。彼らの任務は、山岳遭難救助だけでなく、麓における救急活動もあります。特に昨今のコロナ禍においては、万が一にも遭難事故を起こして救助隊や医療機関に負担をかけてはならないため、僕たちガイドは通常時より厳しい催行基準を設けて、安全面で余裕を持たせた登山を心がけています。
一般登山者の皆さんも、少しでも危険を感じたり不安を抱いたりするようであれば、計画の変更や中止という選択肢も視野に入れて慎重に行動して欲しいと思います。
「それでも万一遭難してしまい、自力では解決できないと判断したら、躊躇せず早めに救助要請をして欲しいと思います。ただし、救助隊が現場に到着するまでは時間を要します。それなりの時間をしのげるだけの装備は、しっかり整えて入山してください」
中馬さんからは、そんな厳しくも温かいメッセージをいただきました。その言葉をすべての登山者がしっかり受け止めて、山に臨んで欲しいと思います。
また、鹿児島県屋久島警察署・地域課長の髙田公二(たかだ・こうじ)さんからは、
「遭難者を捜索する際、有力な手がかりとなるのが登山届です。早期発見が救命につながりますので、入山の際は必ず登山届を提出して欲しいと思います」
というお願いも。
登山届は、万一遭難した際に、捜索隊に早く発見してもらうためのもの。他の誰でもない自分自身のために提出するものです。最近はスマホから登山届が提出できるアプリ「コンパス」もあるので、ぜひ活用してください。
遭難事故を回避するための3つの心得
2020年の山岳救助要請で最も多かった事例は、例年に違わず転倒などによる骨折等のケガです。
一方、例年になく目立っていたのは、装備不足や遅い時間からの入山、体力不足による疲労など、下山遅れによる救助要請で、これらはすべて未然に防ぐことのできる事故です(あえて事故と言いますが)。
登山が自然の中で行うアクティビティである以上、遭難事故は、初心者であっても熟練者であっても、誰にでも起きるリスクがあります。事故を完全にゼロにすることはできませんが、減らすことはできます。
そのために重要なのは、事前の「情報収集」と「装備の確保」、そして「想像力」です。
この3つを心得ておくことで、遭難事故のリスクは確実に減ります。
まずは「情報」を集めて、「装備」をそろえましょう
「屋久島へ行こう!」
「縄文杉が観たい!」
そう思い立ったら、まずは信頼度の高い情報を収集しましょう。
「何キロ歩くの?」
「どのくらい時間がかかる?」
「標高差は?」
まったくもって当たり前のことですが、すべてはそこから始まります。
「必要な登山装備は?」
「自分の経験と体力で、無事に行って帰って来られる?」
登山で大事なのは、無事に下山することです。そこをしっかり考えて、やっぱり「ガイドを頼む」という選択をする人もいるでしょう。
その場合でも、体力づくりと体調管理はしっかり行い、最低限の登山装備を揃える必要があります。分からないことや不安があれば、準備段階から遠慮せずにどんどんガイドに聞いてください。むしろそのほうがガイドとしても安心です。
※「屋久島公認ガイド」については、過去記事『屋久島のネイチャーガイドは150人以上!? 充実した島旅を楽しめる屋久島ガイド選びのヒント』をご参照ください)
また、ガイドを頼まずに「自分で行く!」と決めた人は、行くべき山岳エリアの最新情報を入手しましょう。
アクセスや登山道の状況(冬であれば道路状況や積雪状況なども)はもちろん、日の出と日の入りの時刻、そして重要なのが天気です。
登山当日は「天気がいいのか、悪いのか」、あるいは「快方に向かうのか、悪化していくのか」、「予想される雨量は?」、「風向きと風速は?」などなど。さらに秋から春先にかけては、「山の上の気温」や「積雪状況」なども重要な要素になります。
屋久島のてっぺんは北海道並み、縄文杉あたりは東北地方並みの気温になるので、「南の島」という概念は捨ててください。
さらに屋久島の場合は、一般的な天気予報だけでは読み切れない要素が多くありますので、宿泊先や観光案内所などで情報収集しておくことをお勧めします。
また、中馬さんによれば、SNSにアップされているような登山情報については、注意が必要だともおっしゃいます。
「昨年8月に発生した遭難事故では、数年前のSNSの記事を出力した紙が現場に残されていました。SNSの情報を参考にするのもいいですが、それだけに頼るのは危険です。やはり信頼できる最新の登山情報を得ることが重要ですね」とのこと。
不特定多数の人が発信するSNSの登山にまつわる情報には、古かったり間違っていたり、あるいは書き手の主観に偏っていたりするものが多く見受けられます。
こうした情報は、思わぬ危険を誘発してしまうことがあります。情報を得る側はもちろん発信する側も、SNSの特性をきちんと理解したうえで、上手に利用したいですね。
「想像」してください。意外と簡単に遭難するということを
そして、山へ登る前に必ずして欲しいことは、楽しみにしている登山に思いを馳せるだけでなく、山のリスクについてもリアルに想像してみることです。
例えば、単独で登山をしていて足を捻ったとしましょう。軽い捻挫で済めばいいですが、ちょっと捻って骨折というケースはよくあること。このちょっとしたアクシデントが、状況次第では生死に関わります。
その日の天候は雨。ビニール合羽を着ているものの、全身ずぶ濡れ。足を着くと激痛が走り、とてもじゃないけどまともに歩けない。出発時間が遅かったから、自分の後ろに他の登山者はいない。携帯電話もつながらない。雨が降りしきる中、徐々に日が暮れてくる。気温も急激に下がってきた。
「寒い……。誰か、助けてー!」
大声で叫んでも、虚しく響くだけ……。
もはや重大な遭難事故です。
気づいてもらえるのは、大体その日の夜。宿泊先の人の通報で遭難が発覚するというよくあるパターンです。
雨の山中でひと晩、着の身着のままで過ごすとなれば、夏でも低体温症のリスクが高まり、生死に関わります。ほんのちょっとしたことで、意外と簡単に遭難事故は起きてしまうのです。
こうした想像ができる人は、決して軽装では登山をしないでしょう。
「登山は自己責任」ではありません
「登山は自己責任」という言葉をよく耳にします。どういう場面でどのように使われるかにもよりますが、僕はそうではないと考えています。
例えば、ビーチサンダルで登っているような人が足を捻って歩けなくなったとしても、その場に居合わせたガイドは、自分の顧客を案内中であっても救助にあたります。
状況次第では救助要請をし、救助隊や救助ヘリがやってくるかもしれません。そこに投入されるのは公的費用です。
それでも誰ひとりとして、「それ見たことか! 自己責任だ!」といって見捨てることはしません。
どちらの立場でも、「自己責任」の一言で片付けられる問題ではないということです。どれだけ多くの人に迷惑と心配をかけることになるか、一生懸命想像して欲しいと思います。
登山者全員が遭難事故についてリアルに想像し、しっかり装備を整えて登山に臨めば、遭難事故は必ず減ります。でも残念ながら、ゼロにはなりません。登山は自然を相手にしたアクティビティだからです。
明日は自分自身が遭難するかもしれないのです。
僕はいつも、そう思って山に登っています。
コロナも遭難事故も、正しく恐れて山を楽しみましょう
新型コロナウイルス感染症が猛威を振るうようになってから一年。未だ収束を見せない状況が続いていますが、屋久島は再び登山シーズンを迎えています。
「山の中は感染リスクも低いだろう」ということで、屋久島で登山を計画される人も多いでしょう。コロナだけでなく、遭難事故も正しく恐れつつ、「情報収集」、「装備の確保」、「想像力」の3つの心得を胸に刻み、事故のないよう存分に楽しんでいただきたいと思います。
感染症のリスクを避け、安全と思って訪ねた地域で、命に直結するもっと危険な目に遭ってしまっては、元も子もありませんから。
【山行前のお役立ち情報】
▼山の最新情報を得るなら
▼信頼できるガイドを探すなら
▼天気予報をチェックするなら
▼登山届が出せる便利アプリ
【万一のときの緊急連絡先】
▼屋久島警察署 TEL.0997-46-2110
▼屋久島南分遣所 TEL.0997-47-2125
▼屋久島北分遣所 TEL.0997-42-0119
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