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コロナ禍で注目の地方移住!? 屋久島移住の傾向と対策(前編)

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長引くコロナ禍の中、地方移住への関心が高まっているようです。「リモートワーク」という新たな働き方が浸透したこともあって、業種によっては「どこでも同じように働ける」ようになったということでしょう。かれこれ15年ほど前に出版された僕の著書(移住&島暮らしエッセイの単行本)も、最近、都内の某書店の特設コーナーに並んでいたとか……(笑) そうした動向もある中、昨今の屋久島における移住事情は? 僕が屋久島へ移住してきた17年前との格差は? 筆者の体験も交えて紹介します。

(取材・文 屋久島ライター 菊池淑廣)

移住でぶつかる最初の壁は、「仕事」と「住居探し」

僕が東京から屋久島へ移住したのは、2005年4月。思えば17年もの月日が経とうとしています。当時、移住に際して最も大きな壁となったのは、「仕事」と「住居探し」でした。

仕事については、自分なりに熟慮した結果、前職のスキルを生かそうという結論に至り、広告事務所を設立。カメラマン、ライター、デザイナー、さらには撮影コーディネーターとして、ちょっと大げさに言えば「島の総合広告代理店」、平たく言えば使い勝手のよい「フリーランスの広告屋」という立ち位置で起業したのが最初でした。

 

当時は「リモートワーク」などという単語はありませんでしたが、僕の場合は、最初からリモートワークを前提にしていたわけです。

 

ところが当時の屋久島におけるインターネット環境は、現在とは雲泥の差。世の中の主流がADSL回線だったのに対し、なんとアナログ回線。仕事上、写真や原稿を出版社や広告主にメール等で送信するという作業が付いて回るのですが、今思えば、よくその環境でやりくりしていたものだと我ながら感心します。

住居探しは、口コミ情報が頼みの綱

そしてもうひとつ、移住の壁となったが「住居探し」です。

 

僕が移住してきた当時は、住宅を斡旋してくれるとか、住居費などの一部を補助してくれるとか、行政による移住者の支援事業は一切ありませんでした。町営住宅も町民になって1年を経過しないと申し込みさえできず、僕には民間の借家を探す以外に選択肢はなかったのです。

当時は賃貸物件がほとんどなく、不動産会社に物件情報を問い合わせても、「ない」のひと言で一蹴される始末。自力で口コミ情報を得ながら探すしかありませんでした。情報収集する中で分かったことは、空き家はあっても、見も知らぬ人にはなかなか貸してくれないということ。

 

それでも僕の場合、つながりのあった知人の口利きで地元企業の社宅に入居できたのは幸運でした。大変ありがたく思ったのと同時に、田舎こそ人と人とのつながりが大事なのだと実感させられました。

 

(参考)屋久島町ホームページ/町営住宅について

https://www.town.yakushima.kagoshima.jp/living/housing/

どこまで変わった? 屋久島の移住事情

昨今の屋久島における移住事情はどうなのでしょうか。

屋久島町観光まちづくり課・地域振興係、移住相談窓口担当者の田口剛(たけし)さんに聞いてみました。そもそも役場内に移住相談窓口があるだけで、17年前とは大きく事情が変わっていることがうかがえます。

「移住に関する問い合わせを受けていた担当課は、以前からあったのですが、きちんと移住相談窓口を設置して積極的に取り組むようになったのは、ここ5年くらいのことです」と田口さん。

 

移住に関する具体的な相談先がなかったひと昔前は、移住情報をブログなどで発信していた僕のところに直接問い合わせが来ることも多く、直接お会いして相談に応じることもありました。自分の経験に基づいたアドバイスをする程度でしたが……。それが今では行政が親身になって相談に乗ってくれるわけですから、頼もしい限りです。
 

「移住に関する相談で最も多いのは、住宅についてですね……」とのこと。

 

「島ではどんな仕事があるのか、といった問い合わせも多いです。最近の傾向として、農業をやりたいけど、どうすればいいか、といった相談も少なくないですね」と続けて田口さんはおっしゃいます。

 

地方移住や田舎暮らしへの関心が高まっている背景には、昨今の自然志向の高まりから、農業が脚光を浴びるようになったこともありそうです。それはそうと、移住の「入口」が住居探しと仕事であることは、昔も今も変わりませんね。

 

一方、インターネット環境は、現在では光回線が主流となり、概ね快適にインターネットが利用できるようになりました。屋久島でもリモートワークが世間一般レベルで行える環境になったことは、仕事の幅を広げることにつながります。それこそ「スマート農業」の可能性も広がるでしょう。

 

また、僕の友人にも実現した人がいますが、リモートワークを軸にして、仕事を辞めずに生活の拠点を屋久島に移すという新たな移住スタイルも見られるようになりました。

 

15年間で人口14パーセント減! 劇的に変わった行政の移住支援政策

僕が屋久島に移住してから約17年。屋久島における移住を取り巻く環境は大きく変わりました。

 

「現在、屋久島町としては、人口減少の抑制や地域活性化を図るため、移住促進のための補助事業を積極的に行っています」と田口さん。

 

インターネット環境もそうですが、劇的に変わったことのひとつは、行政による手厚い移住支援策。10年ほど前から人口の減少幅が大きくなり、ここ5年でさらに加速しているという背景があります。

 

2020年に実施された国勢調査の確定値がつい最近発表されたので、具体的にその推移を整理してみました。以下は、僕が移住した2005年からの屋久島の人口推移(国勢調査)です。

 

◆2005年 13,761人(2000年比 0.8%減)

◆2010年 13,589人(2005年比 1.4%減)

◆2015年 12,913人(2010年比 5.0%減)

◆2020年 11,858人(2015年比 8.2%減)

 

こうして見ると一目瞭然ですが、僕が屋久島へ移住してから現在までで、屋久島町の人口は、約14パーセント減った計算になります。特にこの5年間では1,055人減ったことになり、人口減少が加速していることがうかがえます。屋久島も他の地方と違わず、過疎化の波が押し寄せていると言えそうです。

 

あくまで個人的な見解で憶測に過ぎませんが、2015年の口永良部島(くちのえらぶじま)の噴火以降、屋久島町は度重なる自然災害(と風評被害)に見舞われ、加えて昨年からの新型コロナウイルス感染症の影響による観光業などへの経済ダメージから、島を離れる人も多かったのではないかと考えられます。

 

こうした現状を踏まえて、行政としても移住者支援事業に注力し始めたということでしょう。逆に僕が移住してきた2005年は、人口減少幅は微々たるものだったため、支援策は何ひとつなかったというわけです。

 

では、具体的にどのような移住者支援事業があるのか、次回の「後編」記事で詳しく紹介したいと思います。

 

(参考)屋久島町ホームページ/統計屋久島町

http://www.town.yakushima.kagoshima.jp/announce/toukei/toukeiyakushima/